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岡山地方裁判所 昭和27年(ワ)517号 判決 1957年12月27日

原告 苅田アサノ 外一名

被告 国

訴訟代理人 岡本元夫 外二名

主文

原告両名の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告両名の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は、原告苅田アサノに対し、別紙第一目録記載の物件を原告深見民市に対し、同第二目録記載の物件を返還しなければならない。被告は原告両名に対し、各金二万円を支払わなければならない。訴訟費用は、被告の負担とする」との判決を求め、

その請求の原因として、次のとおり陳述した。

一、原告苅田は、昭和二〇年、日本共産党に入党し、同二四年一月施行の衆議院議員選挙に立候補して当選した経歴を有する者、原告深見は、山陽新聞社の元社員であつて、原告苅田は、昭和二六年頃、当時原告深見の居宅であつた、岡山市上伊福三七五番地所在家屋の二階一室を借りて、同所に住んでいた。

二、昭和二六年一〇月一二日、法務府特別審査局(以下特審局という)職員数名は、原告深見の右居宅内を強制捜索し、当時、国会開会中で上京不在中の原告苅田の室内にも侵入し、原告深見の同意がないのに拘らず、原告苅田所有の別紙第一目録記載の物件並びに原告深見所有の同第二目録記載の物件を押収して引上げた。

三、しかしながら右捜索押収は、左の理由によつて違法である。

(一)  日本国憲法第三五条に違反する違憲違法がある。

本件捜索押収は憲法第三三条の場合ではないのに、憲法第三五条所定の令状により行われていない。本件捜索押収に当り特審局職員は、原告深見に対し昭和二六年九月六日附法務総裁大橋武夫名義の日本共産党臨時中央指導部党機関紙「党活動指針」発行責任者椎野悦朗宛の「昭和二十五年六月二六日附並びに同年七月一八日連合国最高司令官より内閣総理大臣宛書簡による両指令に基き日本共産党機関紙その承継紙、同類紙一切の発行を無期限に停止することを命ぜられ、本職は内閣総理大臣より右措置の執行を委任せられた。よつて右伝達の上、執行する」との記載ある文書の「写」を示したにすぎず、前記憲法第三五条所定の令状を示してはいない。勿論前記の如き連合国最高司令官の指令に基き、執行がなされた場合には、右執行は、日本国憲法や日本国の法律を超越し、違憲、違法の問題を生じないけれども、本件捜索、押収は、前記の如く、単に一片の文書の「写」によつてなされるのであつて、到底、連合国最高司令官の指令に基く執行と見るを得ない。然らば本件捜索押収は、憲法第三五条に違反する違法のものといわなければならない。

(二)  仮りに本件捜索、押収が、前記文書に記載してある如く、連合国最高司令官の内閣総理大臣宛昭和二五年六月二六日附並びに同年七月一八日附書簡による両指令に基きなされたとしても、右押収は、右指令実施に必要な範囲を越え、右指令とは、何等関係なき物件に対してなされた違法がある。

即ち、原告苅田から押収した別紙第一目録記載の物件中一、アカハタは、右指令による発行停止処分がなされる以前に発行されていたものであり、二、前衛新しい世界は未だ発行停止処分を受けていないのみならず、現に押収されたものは、機関紙等の発行停止処分以前に発行されたものであり、三、党活動指針も同様である。又原告深見から押収した別紙第二目録記載の物件は、いずれも、合法的に刊行され、市中の書店で購入し得る単行本であつて、機関紙等とは全然関係のないものである。特審局職員は、原告両名から、これら物件を押収しているのであり、したがつて右押収は、指令の範囲を超えて、原告両名の所有権を侵奪した違法がある。

三、よつて、原告等は、その所有権に基き、これら物件の返還を求めるとともに、本件捜索押収は、国の公権力の行使に当る特審局職員がその職務を行うにつき、故意又は過失によつてなした不法行為であり、原告等は、右不法行為により、名誉を毀損され、その慰藉料は、各金二万円を以て相当とするので、国家賠償法により、これが支払を求める。

四、被告主張の後記事実上及び法律上の主張は否認する。

(イ)  被告は本件捜索押収後、直ちに総司令部に報告して、その承認を得たと主張するが、仮りにそのような事実があつたとしても、右の承認とは、報告を受けた場合の単なる了承という程度のものにすぎないと解されるので、右承認を得たからといつて、右捜索押収の違法性を阻却することにはならない。

(ロ)  被告は、総司令部の指示した指令の解釈として、「編しゆう」は、原稿及び原稿の素材となつた関係書類、秘密通達、指令文書、図書を含むものであるから、本件捜索押収は、最高司令官のなした発行停止処分の指令の範囲を超えたものではない、と主張するが「編しゆう」という語は、原稿の素材の作成、蒐集をも包含する広汎な概念ではない。どこまでも日本語でいう「編しゆう」の意に解すべきものである。仮りに被告の主張するような意味に解されるとしても、右にいう「素材」は、最高司令官より具体的に指示されない限り、その解釈については、厳たる一線を画すべきである。たとえば内外を問わず、日刊商業新聞、雑誌、著書等合法的に発行出版されているもので、素材となつているものは沢山ある、たとえば本件の「ソヴエト同盟歴史」レーニン著「何を為すべきか」「前衛」「新しい世界」であるが、更にいうならば、朝日新聞、ニユーヨーク・タイムス、ロンドン・タイムス等の如きものも、当然素材となつている。これ等の押収が果して指令の範囲内といえるであろうか。のみならず、本件押収されたものは、アカハタの同類紙、後継紙の編しゆうには何の関係もない。又被告の言によつても原告等が本件の居住地で編しゆうに当つたのでないことは明らかでつて、原告等が関与したのはせいぜい配布ルート一点であるという疑があつたに過ぎないからである。

(ハ)  押収は「没収」と同一の法的効果を有するものではない。

仮りに「没収」と同一の効果があるとしても、本件押収は叙上の如く、指令の範囲を逸脱してなされた違法なもので無効であるから没収の効果を生ずるに由ない。

(ニ)  被告は本件捜索押収は、占領中、連合国最高司令官のなした直接管理事項に属するから、国家賠償法は適用されない、と主張するけれども、直接管理方式にも二種の類型がある。その一つは、反占領犯罪に対して軍事裁判で処罰した如く、連合国が直接行動する場合、或は日本人を使役したとしても、占領軍の機関として使役した場合であり、他の一は、連合国が日本政府機関をしてその実施に当らしめた場合である。

右後者の場合には、日本政府機関に判断、裁量の自由がなかつたとしても、日本政府機関が行為したことは間違いはない。故にこの場合には日本国の公権力の行使があつたものと見なければならない。そして占領中日本国としての国家機構が破壊されていたならばともかく、形式的にもせよ、日本国としての国家機構が存在していた以上、国家機構による行為は、当然国家の行為と見なければならない。そして本件捜索押収が、被告主張の経緯を経て、最高司令官の指令に基き、特審局職員がなしたものであるとすれば、被告国は、特審局職員のなした不法行為につき、当然その責を負わなければならない。

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、

答弁として、次のとおり述べた。

原告主張の一、の事実は認める。

原告主張の二、の事実中、特審局職員が昭和二六年一〇月一二日、原告深見の当時の居宅を捜索し、その際、不在中の原告苅田の居室にも入つて、原告苅田所有の別紙第一目録記載の物件並びに、原告深見所有の同第二目録記載の物件並びに、原告深見所有の同第二目録記載の物件を押収したことは認めるが、その余の事実は否認する。

特審局職員が、原告苅田の居室に入つたのは、捜索押収のため適法に入つたのであつて、侵入したものではない。本件捜索に際し、原告深見は、最初その不法なる点を主張したが、執行者の説明により、執行の趣旨を了承し、捜索、押収に同意したものである。又原告深見に示したものは、党活動指針発行責任者推野悦朗宛の命令伝達書の正本であつて、その「写」ではない。

原告主張のその余の事実は否認する。

一、原告は本件捜索、押収が、憲法第三五条に違背する旨主張するけれども、本件捜索押収は、後記のとおり連合国最高司令官の指令に基き執行されたものであつて、憲法を超越した行為であるから憲法第三五条違反の問題を生ずる余地はない。

二、本件捜索押収は、特審局職員が、連合国最高司令官の指令に基き最高司令官の執行機関として執行に当つたのであつて、又その間に、何等の違法もない。

その経緯は次のとおりである。

連合国最高司令官は、日本国内閣総理大臣に宛て、昭和二五年六月二六日附及び同年七月一八日附書簡を以て、「アカハタ」及びその後継紙並びに同類紙の発行を無期限に停止させるため直ちに必要な措置を執るべき旨の指令を発し、直ちに右指令を執行すべきことを命じた。よつて内閣総理大臣は、法務総裁に右指令の執行を委任し、法務総裁は特審局長に右指令の執行を命令した。後継紙、同類紙の認定の権限は最高司令官にあつたので総司令部では後継紙又は同類紙として、停止すべきものと決めたものについては、総司令部民政局長から法務総裁に、発行停止の指令があり、これらの指令の執行措置は、執行後直ちにその詳細を総司令部に報告し、すべてその承認を求めることを義務ずけられていたのである。

(一)  本件捜索押収は、右手続に従い、特審局職員が「アカハタ」及びその同類紙たる「党活動指針」の発行停止に必要な措置をとるべき旨の総司令部の指令に従い、執行したものであり且つ又執行後直ちに総司令部に報告してその承認を得ているのである。

(二)  本件捜索押収は、最高司令官の「アカハタ」及びその後継紙並びに同類紙の発行停止のために必要な措置の一として、且つその範囲内で行われたものであつて、何等違法はない。

(1)  前記昭和二五年六月二六日附最高司令官の「アカハタ」の発行停止に関する書簡による指令が発せられた直後、総司令部から次の如き指令の解釈が示された。

(イ) 「発行」は、一般人に普及するためにする一切の行為を包含する。したがつて、一般人に普及するために編しゆう、印刷、はん布、販売、運搬等の個々の行為をすればすべて右の発行をしたことになる。

(ロ) 「アカハタ」は右書簡が、日本政府に到着したとき以後の編しゆう、印刷にかかるもののみならず、それ以前に編しゆう、印刷したものも含む。

(ハ) 「編しゆう」は、原稿及び原稿の素材となつた関係書

類、秘密通達、指令、文書、図書をも含む。

(ニ) 「必要な措置」は捜索、押収、印刷機械その他関係施設の封印その他必要な一切の措置を意味する。

後継紙、同類紙の発行停止についても右と同様な解釈が示された。

しかして一九四五年九月二〇日指令第二号第一部総則の四によれば、最高司令官の権限により発せられた指令については、発令官憲の解釈を以て、最終的なものとすることが明示されている。

又指令の執行については、

(イ) 共産党員たることが明瞭である場所にあつたもので、純粋私生活に使用されるとみられるもの以外のものはすべて押収する。

(ロ) 発行停止処分をしたときは、速かにその処分の結果を総司令部に報告し、承認を求める。承認を得られなかつた処分は、取り消す。

との基本方針が、最高司令官より、指示されていた。

(2)  後継紙、同類紙の認定については、前記のとおり、その権限は、最高司令官にあり、日本政府の関与し得るところではなかつた。昭和二六年八月下旬頃、総司令部民政局長より、特審局担当官に口頭で「党活動指針」を「アカハタ」の同類紙と認め、その発行停止に必要な措置をとるべきこと、右発行停止措置は、同年九月四日行うべきことが指令されたので、特審局では、その指令のとおり執行したが、その後右執行から漏れたものについて、今後判明次第同様な措置をとるべき旨指令された。しかして原告等はいずれも共産党員であつて、原告等の当時の居宅は、「党活動指針」等の党の機関紙の配付ルートになつているとの情報が入手されていたので、特審局職員は、同年一〇月一二日、「党活動指針」の発行停止のため必要な措置をとるべく、原告等の居宅に赴き、捜索したところ、「党活動指針」を発見したので、これを押収し、又「アカハタ」については、昭和二五年六月二六日附及び同年七月一八日附前記書簡により、日本政府にそれを発見した場合には、その発行停止に必要な措置として押収すべき義務が課せられていたのでこれを押収し、アカハタ及び党活動指針以外のものは、共産党員たる原告等の居宅にあつたもので、且つ「アカハタ」等の記事作成の基礎的資料に利用される虞のあるもので、いわゆる純粋私生活に使用するものでないと認められたのでこれを押収したのである。

三、原告等は、その所有権に基き、本件押収物たる別紙第一、二目録記載の物件の返還を請求するけれども、原告等は本件押収により、既にこれが所有権を喪失したものであつて、その返還請求は失当である。

「アカハタ」及びその後継紙並びに同類紙の発行停止のためにとられる押収は、「押収」という表現がとられてはいるが、刑事訴訟法等にいう押収とは異り、その性質は没収である。蓋し、この処分は、「アカハタ」及びその後継紙並びに同類紙の無期限発行停止のための必要な措置の一としてなされるものであるから、最高司令官の意図したところのものは、単なる差押ではなく、所有権の剥奪による一方的な所有権の移転と解しなければならない。したがつて原告等は本件押収によつて、別紙第一、二目録記載の物件の所有権を喪失したものというべく、これが、所有権が未だ原告等にあることを前提とする押収物返還の請求は失当であるといわなければならない。

四、本件捜索押収は、国の公権力の行使としてなされたものではなく、したがつて国家賠償法の適用はない。

国家賠償法による国の賠償責任は、いうまでもなく、国の公権力の行使に当る公務員が国の公権力を行使するについて、故意又は過失により、他人に損害を与えたときに発生するものである。しかるに本件捜索押収は、既に二、に詳述した如く、その執行に当つた特審局職員は、連合国最高司令官の指令に基き最高司令官の執行機関として、いわば、最高司令官の公権力の行使として執行に当つたものであつて、国の公権力の行使として執行に当つたものではない。日本政府としては、国権の発動として、本件処分につき、何等かの裁量を加える余地は全然存しなかつたのであつて、したがつて内閣総理大臣以下執行に当つた特審局職員も、日本政府の権限として、これが執行に当つたものではなく、ただ最高司令官の執行機関として、最高司令官の指令に基く義務を迅速且つ忠実に履行したにすぎないのである。

占領期聞中連合国の日本管理が間接管理方式を原則としていたことは事実であるが、一方最高司令官が占領目的達成に必要な場合に指令を発し、日本政府機関をしてその実施に当らしめながら、その実施について日本政府機関に判断及び活動の自由も与えず、実施の最終的権限を最高指令官に留保した所謂直接管理方式もとられていたのであつて、本件の場合は、まさにこれに該当するのである。

以上の次第であるから、本件捜索押収に関しては、国家賠償法の適用はなく、被告国には、同法による賠償責任はないものといわなければならない。

しかしてこのことは、仮りに、特審局職員が、最高司令官の指令の範囲を超えて執行した場合においても同様である。蓋し、発行停止処分が日本政府独自の権限に基いて行われたものでなく、最高司令官の指令に基いて、いわばその公権力の行使として行われたものである以上、たとえ、それが指令の範囲を超えてなされたとしても、最後の責任を負うのは最高司令官であつて、日本政府にその責任が転嫁されるいわれはないからである。

要するに本件発行停止処分については、それが最高司令官の指令の範囲内においてなされたものであると否とを問わず、国家賠償法の適用はなく、したがつて、国には責任がないから、被告国に対して、慰藉料の支払を求める請求も失当である。

立証<省略>

理由

原告苅田が、昭和二〇年、日本共産党に入党し、同二四年一月施行の衆議院議員選挙に立候補して当選した経歴を有する者であり、同二十六年頃、当時原告深見の居宅であつた岡山市上伊福三七五番地所在家屋の二階一室を借りて同所に同住していたこと、及び同年一〇月一二日、特審局職員数名が、原告深見の右家屋内を捜索し、その際不在中の原告苅田の前記居室にも入り、原告苅田所有の別紙第一目録記載の物件並びに原告深見所有の第二目録記載の物件を押収したことは、いずれも当事者間に争がない。

一、そこで先ず、右捜索押収が、如何なる根拠に基き、又如何なる経緯を辿つてなされたかにつき検討するに、前記争のない事実と成立に争のない甲第一、二号証、乙第一、第四号証二号証並びに証人梶川俊吉、同吉橋敏雄、同曽根川証の各証言を綜合すれば、次のような事実を認定することができる。

連合国の我が国占領中、連合国最高司令官は、内閣総理大臣に宛て、昭和二五年六月二六日附並びに同年七月一八日附書簡を以て、「アカハタ」及びその後継紙並びに同類紙の発行を無期限に停止させるため、直ちに必要な措置をとるべき旨の指令を発し、右指令を直ちに執行するよう命じた。内閣総理大臣は右措置の執行を法務総裁に委任し、法務総裁は、特審局長に、右指令の執行方を命令した。そして右指令の執行については、連合国総司令部から特審局長に対し、国内的な立法措置をとることなく、右指令をそのまま執行すべき旨並びに右指令の執行をしたときはその結果を、至急に総司令部に報告して、その承認を得べく、その承認を得られなかつた処分は、取り消す旨指令した。一方「アカハタ」の後継紙並びに同類紙の認定の権限は、最高司令官にあつたので、最高司令官が、右後継紙並びに同類紙と認定し停刊すべき旨決定したものについては、その都度総司令部民政局長から法務総裁に発行停止の指令があり、特審局長は、前記の如く、右指令の執行を強制された。

そして、前記昭和二五年六月二六日附最高司令官の書簡による指令が発せられた直後、総司令部から、次の如き右指令の解釈が示された。

(イ)  「発行」は一般人に普及するためにする一切の行為を包含する。したがつて、一般人に普及するために編しゆう、印刷、はん布、販売、運搬等の個々の行為をすれば、すべての右の発行をしたことになる。

(ロ)  「アカハタ」は、右書簡が日本政府に到着したとき以後の編しゆう、印刷にかかるもののみならずそれ以前に編しゆう、印刷したものも含む。

(ハ)  「編しゆう」は原稿及び原稿の素材となつた関係書類、秘密通達、指令、文書、図書をも含む。

(ニ)  「必要な措置」とは、捜索押収、印刷機械、その他関係施設の封印その他必要な一切の措置を意味する。

後継紙、同類紙の発行停止についても、右と同様な解釈が示された。又指令の執行については、共産党員たることが明瞭である場所にあつたもので、純粋私生活に使用されるとみられるもの以外のものは、すべて押収すべき旨、最高司令官より指示されていた。

昭和二六年八月下旬頃、総司令部ホイツトニー民政局長は、「党活動指針」を「アカハタ」の同類紙と認め、その発行停止に必要な措置をとるべき旨、特審局次長吉橋敏雄に口頭で指令した。特審局長は、古指令を実施するため、全国の特審局支局長に対し、その指令を指示連絡し、その執行方を命令した。当時特審局支局は、事前調査により、予め、情報を内偵、蒐集し、これを特審局長に通報し、特審局長は、これを総司令部に報告すべきものとされていたので、指令の執行に当つては、総司令部は、具体的に執行すべき場所を指示し、その執行方を命じていた。特審局中国支局においては、予て調査の結果、原告両名が共産党に関係あり、原告両名の当時の住居たる前記家屋が、「党活動指針」の配付ルートになつている事実を内偵し、この事実を、前記の如く、特審局長に通報していたので、特審局中国支局は、右指令の実施につき、原告両名の前記居宅に対し、「党活動指針」の発行停止に必要な措置をとるべき旨の命を受けた。中国支局長梶川俊吉は、同年一〇月一二日、これが執行のため、同支局監査課長曽根川証に、昭和二六年九月六日附法務総裁大橋武夫名義の日本共産党臨時中央指導部党機関紙「党活動指針」発行責任者椎野悦朗宛の「昭和二五年六月二六日附並びに同年七月一八日附連合国最高司令官より内閣総理大臣宛書簡による両指令に基き、日本共産党機関紙その承継紙、同類紙一切の発行を無期限に停止することを命ぜられ、本職は内閣総理大臣より右措置の執行を委任せられた。よつて右伝達の上執行する」との記載ある執行伝達書の正本一通(もつとも右執行伝達書の上部に「写」なるゴム判が押捺してあるが、法務総裁大橋武夫名下には同人の印影があり、その書類の形式と証人梶川俊吉の証言とを綜合すると右伝達書は正本であるが、誤つて「写」なるゴム判を押捺したものであることが認められる)を携帯させ、同人外二名を原告両名の前記居宅に赴かせた。右三名は、同日正午過頃、原告両名の右居宅に到り、曽根川課長は、その際在宅した原告深見に、右執行伝達書を示し、連合国最高司令官の前記書簡による両指令に基く執行をなす旨を告げ原告深見立会の上、同家階下の同人の居宅並びに同家階上の原告苅田の居室を順次捜索し、同所において、前記の如く、原告苅田所有の別紙第一目録記載の物件並びに原告深見所有の同第二目録記載の物件を押収した。梶川支局長は、直ちに右執行の詳細を特審局長に報告し特審局長は、これを総司令部に報告し、その承認を得た。

以上の事実を認めることができる。右認定に反する原告両名各本人尋問の結果は措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで、我が国が今次大戦に敗戦した結果、我が国統治の権限は、連合国の管理下におかれ、連合国最高司令官は、降伏条項実施のためには、我が憲法にかかわりなく、自由な措置をとり得たことは、周知のとおりであつて、連合国最高司令官が我が政府機関に対し、我が国内法上の措置をとることなく、最高司令官の発した指令自体を、そのまま直ちに執行すべきことを命じ、最高司令官が、右指令の要件事実を認定した上、具体的執行命令を発し、その実施につき事後承認を必要とする等その実施の最終的な権限を最高司令官に留保した所謂直接管理方式をとつた場合には、最高司令官の指令は、たとえ、その執行を我が政府機関をして実施せしめた場合でも、我が政府機関の行為は、我が憲法の領域外の行為としてその当時、我が国の裁判所は、裁判権を有せず、何人もこれを適法有効なものとして承認するの外なく、その効果は、これを否定し得なかつたものというべきである。

そして本件捜索押収は、前記認定の事実関係からすれば、右に所謂連合国最高司令官の直接管理の一環としてなされたものであることは、疑問の余地なく、そうだとすれば、その執行が我が政府機関たる特審局職員によりなされたとしても、右行為は憲法の領域外の行為として、これを承認せざるを得なかつたことは、前説示に照し明らかであるから、本件捜索押収が、我が憲法第三五条違反であることを前提とする原告の主張は、失当であるといわなければならない。

二、しかしながら、直接管理方式下においても、最高司令官の指令の実施を前提とする一切の行為について、我が国内法規の適用が排除されるものと解するわけにゆかない。蓋し、直接管理下においては、最高司令官の指令を実施する我が政府機関の行為は、我が憲法の枠外の行為であり、当該政府機関は、その法律上の適否、或は裁量上の当否等につき、最高司令官に対してのみ責任を負うべきであつて、右政府機関の行為は、我が国の公権力の行使としてなされたものと見るを得ないことは、正に被告の主張するとおりであるけれども、我が政府機関がその判断を誤り、その行為が最高司令官の指令実施に必要な範囲を逸脱し、これを超えてなされた場合には、右政府機関の行為は、国の公権力を行使する公務員の違法行為として、その限度において、民法、国家賠償法その他の我が国内法規の適用を受けるものと解しなければならないからである。

そこで、本件押収が、最高司令官の前記書簡に基く両指令実施に必要な範囲を超え、右指令とは何等関係なき物件に対してなされた違法があるとの原告の主張の当否につき検討を加える。

本件捜索押収が、連合国最高司令官の前記書簡に基く指令実施のためなされたものであることは既に認定したとおりであり別紙第一、二目録記載の物件中、「アカハタ」及び「党活動指針」を押収したことは前記一において認定した事実に徴するときは当然であつて異論をさしはさむ余地はない。ところで、その他の押収物件は、原告主張の如く、本件押収当時既に合法的に刊行され、何人も、容易に、これを入手し得る書物であつたことは、当裁判所に顕著な事実ではあるけれども、最高司令官の前記書簡による両指令の目的は、その書簡(前顕乙第一、二号証)の記載内容に徴し明らかな如く、それは、結局、右書簡の文句を借りて言えば、「煽動的な共産主義者の宣伝の播布」の根絶にあつたものと解すべきであるから、既に認定した如く、原告両名が共産党に関係があり、その居宅が、「党活動指針」の配布ルートになつているとの予てからの内偵、情報に基き、原告両名が、共産主義に直接関係があり、若しくは、当時、所謂左傾的ないしは産歩的記事内容を盛つたこと顕著なこれら書物を所有保存していることは、「アカハタ」及び「党活動指針」等の記事作成の基礎的資料に利用される虞があり、又所謂純粋私生活に使用するものでないとの認定判断の下に、原告両名から、これらの物件を押収したことは、前記認定の指令実施上の指示細則及び前記指令の発せられた当時の社会状勢並びは国際状勢に鑑み、前記指令実施に必要な範囲を逸脱したものとは認められない。そして前認定の如く、本件捜索押収の詳細を特審局長が総司令部に報告したところ、取消されることなくその承認を得た事実に徴するも右押収の処分が連合国最高司令官の前記指令の趣旨を逸脱したものでなかつたことが窺われる。原告は右にいう承認とは、報告を受けた場合の単なる了承という程度のものにすぎないと主張するけれども、そのように解すべき何等の根拠はないのみならず、前認定の如く特審局長は、総司令部に、執行の結果を報告し、その承認を受くべきことを義務ずけられていたのであるから、右承認を以て、特審局長のなす報告に対する単なる了承とは到底解することができない。

これを要するに、本件捜索押収「又」は、最高司令官の指令に基き、当時適法有効になされたもので、何等原告両名の権利を侵害する違法の廉はなかつたと断じなければならない。

三、ところで本件においては、占領期間中、連合国の管理下において、適法有効な処分と看做された本件捜索押収の効力を、平和条約の批准により、我が国の主権が回復し、裁判権が全面的に復活した現在、如何に解すべきかにつき更に検討を加えなければならない。

蓋し、既に説示したところで明らかなように、本件捜索押収が適法有効として是認される所以のものは、これら処分が、占領期間中、連合国最高司令官が発した超憲法的な効力を有する指令実施のための行為であるからであるが、元来これら処分は我が国法上の建前から言えば、何等法律上の根拠なくして行われた違法、無効な処分であるからである。しかしながら、法秩序維持の見地若しくは法律不遡及の原則から言つて、ある行為の効力の有無若しくは、その適否は、その行為当時の法律状態の下で審理判断すべきものであるから、占領期間中、適法有効に発生した実体上の効果は、既生の法的事実として、現在、なお適法有効に存在確定しているものと解するのが相当である。したがつて、本件においても、前記捜索押収の効力は、現在にも、存続しているものといわなければならない。

そこで進んで、本件押収の法的性質並びにその効力について検討する。

原告は、「アカハタ」及びその後継紙並びに同類紙の発行停止のためになされる押収は、所有権剥奪の効力を有するものではなく、したがつて、原告両名は、本件押収によるも、別紙第一、二目録記載の物件に対する所有権を喪失しているものではない、と主張するのであるが、刑事訴訟法等に「押収」という用語があるからといつて、直ちにこれと同一の性質並びに効力を有するものと速断するのは、正当でない。本件押収が前記最高司令官の発した書簡にその根拠をおく以上、その性質並びに効力については、右書簡の内容若しくはその意図を斟酌検討し、独自の解釈をすべきものと解すべきところ、前顕乙第二号証(前記昭和二五年七月一八日附書簡)によれば、右書簡に、叙上の如く「アカハタ」及びその後継紙並びに同類紙の停刊措置を無期限に継続することを命じているのであるから、最高司令官の意図したところは、「アカハタ」及びその後継紙並びに同類紙の発行を無期限、永久的に不可能ならしめるにあつたこと明らかであるというべく、又証人吉橋敏雄の証言によると、これら押収物件の処置につき、特審局が総司令部係官と協議したところ、総司令部側は、これらの物件を、将来被押収者に返還する意思は全然なく、最高司令官が全面的な処分権を持つている見解であつたことが認められるのであつて、以上の点を綜合すると、「アカハタ」及びその後継紙、同類紙並びにその素材たり得る物件の押収とは、単たる一時的、暫定的差押ではなく、永久的、恒久的に、その所有権を剥奪する、いわば没収的効力を有するものと解するのが相当である。そうだとすれば原告両名は、本件押収により、別紙第一、二目録記載の物件に対する所有権を当時既に喪失したものというべく、したがつて原告両名は、現在その効力を否定し得ないものといわなければならない。

四、以上説示判断のとおりであるから、原告苅田が別紙第一目録記載の物件に、又原告深見が同第二目録記載の物件に、各所有権を有することを前提として、これが返還を求め、又国の公務員の不法行為により原告両名の名誉が毀損されたことを理由として慰藉料の支払を求める原告両名の本訴請求は、いずれも理由がないこと明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 和田邦康 熊佐義里 村上明雄)

第一、二目録<省略>

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